12月20日 台北見学
この日は、昨日までと違い、さまざまなグループを一つの車でまとめて案内する方式だった。あちこちによって拾い集めた客と最後に乗った我々が一人の青年(母親が台湾人だという日本青年で背の高い色白の、やさしい顔立ちだった。)
行天宮
最初に台北中心部にある行天宮に行った。
正門 日本と似ているが材質が違うので固くて鋭い感じ 皇帝の象徴は5本指の竜だそうです。周囲を囲む壁の内側には占いの店 がある。
お宮の中はお祈りをする人で一杯 神様も沢山いらっしゃる。 周囲はごつい壁で囲まれている。
お祈りする人は床に膝用のクッションをおき膝まづき、線香をたてて、祈る。カスタネットをばらしたような木の餃子みたいなものを手の中でまぜあわせた後パッとなげて、その結果で吉凶をうらなったりする。卓上は供物で一杯。皆とても真剣にお祈りしてました。
中正記念堂
中正記念堂は主として、大陸を追われ、反攻をめざした蒋介石をたたえるために造られたものだ。
私は台湾から帰った後、相当数の台湾関係の著書を読んだが、蒋介石が台湾人に押し付けようとした彼らの理念とか、業績には否定的だ。中国の民主化をめざし、近代国家を樹立しようとしたとされる孫文は語学に堪能で資金集めがうまかったらしいが援助資金にみあう成果をうることはできなかった。(梅谷庄吉をはじめとする日本人が彼を応援した。)統率力がなく、不実でもあったためリーダーとしては落第、最後にはコミンテルンに利用されて現在の共産主義中国への道を開いた。
孫文の後継者を称した蒋介石は、日本の陸軍士官学校の出身で、中国の大財閥宗家の二女と結婚し、アメリカの支援を受けて中国共産党や日本軍とたたかったが共産軍に追い落とされ、台湾に逃げ込み、台湾人を迫害し、長期間の戒厳令で台湾の民主化や発展をさまたげた。
中正記念堂の威容 近代化の支柱となろうとした孫文の像 青天白日旗のデザインの天井 蒋介石と蒋経国の像
*蒋介石と蒋経国の像は中正記念堂ではなく、観光センターの出口におかれていた。(隔世の感がある。)蒋経国はソ連に留学し、ソ連人と結婚し、プロレタリアとして働いた経験もあるのに、アンチ共産主義の、台湾初の台湾総統・李登輝さんの資質を見出し結果として長きにわたる国民党の暴政に終止符をうたせた人だ。それにしても観光客相手のno
taxセンターの片隅にこんな像がおかれているなんてビックり。
瀟洒な近代的ビルも多い。 日本がたてた美しい総統府。 美しい並木もそだっている。
高級茶の入れ方の講習会 台湾の高山地帯ではいいお茶ができる。ウーロン茶もピンからキリまである。良いお茶は年月がたつほど高値でうれるそうだけど、そういう投資には食指が動かなかった。、クイーンエリザベスUをイメージした東方美人とかいうお茶を買って家で味わったが確かにおいしかった。
昼食に立ち寄った、小龍包を主体とした点心のお店は混んでいて、中に入るまでずいぶん待った。その待ち客を相手に焼き栗を売る人がいたり、道路では地下鉄工事が行われたり、台湾には活気があふれていた。
←これは免税品店にあった白菜。
故宮博物院:蒋介石が大陸から台湾に逃れてきたとき、歴代王朝が収集したおびただしい宝物(目玉はヒスイでできた白菜の飾り物)を展示している。それらを見ていると中国では絵画などより小さくて精緻な工芸品が尊重されていたのだなと感じる。)
国防のために命をささげた軍人を祀る祠。衛兵の交代式が始まった。日本人に体格などは似ているのだろうが国防の気骨が違うように思う。
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