10/27 オルヴィエート、その2
順序が不同になったが、オルヴィエートでは先ずケーブルカーの終点の側にあるエトルリア人の掘った井戸をみた。この井戸とか地下都市、残された装飾品とか日用品をみると、その文明の高さに驚かされてしまう。
井戸の側のインフォーメーションで昼用の食堂を推薦してもらおうと思ったけれど「どこも皆おいしい。」とのお答え。特定の店を推薦できない立場なのだから期待すべきではなかった。
大聖堂の前には、美術学校の生徒達が沢山スケッチをしていたが、そのうまいこと、うまいこと。あきれてしまった。空気はきれいだし、静かだし、美しいものが沢山あるし、スケッチ行にはぴったりの町だ。もしここに美校があるなら留学してみたいななどと思った。
エトルリア博物館ともう一つの博物館を見た後、古い井戸のある地域だと思われる所へ向かっていると人通りがなくなった。地元の人に食堂を推薦してもらおうと思っていたので困っていると運よく一人のおじいさんに出会った。彼が推薦するお店に行くと、まだ開店前だった。日本から来たマスコミ関係と思しき人が4人待っていた。
店に入るともう一人日本から来たマダムに会った。その方はその店の常連で、このお店の名物料理であるボルチーニのスパゲッティを食べるために毎秋イタリアに一か月滞在し、フィレンツェから毎週このお店に通っているという。わぉ!話には聞くがこんなにリッチでエレガントなマダムに実際に会うことができたのは奇跡ですらある。
私は「グルメではないのですが、ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」と申し出、彼女と直角の位置に座らせていただいた。
彼女によると、その店のボルチーニのスパゲッティは美味しくて、しかも東京では考えられないほど安く、セコンドのキアナ牛のステーキも素敵においしいとのたまう。ボルチーニもそうだが私にはやわらかくてしかも深みのあるステーキ、白ワインが非常においしかった。
彼女は、ロンドンに留学するお嬢さんが心配で付き添うために初めて海外へ出たのだけど、今では年に一度は一ヶ月くらいヨーロッパでの単身生活をしないではいられなくなったそうだ。タオルミナであったKさんとは異なり、多分専業主婦だと思うが時代が変わったのか、それとも私とは別のハイソな世界の方なのだろう。彼女はイタリア語も学びたくて学校に通ったがドロップ・アウトしてしまったという。中年から、しかも日本語抜きで外国語をマスターするのはかなり難しいだろうとは思う。
地下都市見学を終えると早夕闇がせまっていた。八百屋さんでルッコラとトマトを買い(この頃私はルッコラ中毒になっていた。トマトはタオルミナで買ったものが一番美味しかったが、ここのルッコラも薫り高くて美味しかった。)
ローマへの帰途、またまた一騒動が起きてしまった。切符を買おうとすると窓口には長い行列。仕方なく自販機で買ったが、それは鈍行の切符であった。インターシティの中で女性の車掌が私の切符をとりあげ、現金引換え用の切符を渡し、新たにインターシティ用の切符を買わされた。近くの若者に聞いてみるとその引換証は今日中じゃないと現金化できないという。仕方がないのでテルミニ駅で窓口の長い列に並び、パスポートまで提示させられてやっとお金を手に入れたがホテルまでのタクシー代で消えてしまった。
この日は携帯の電池切れも起こしてしまいソッちゃんとの連絡も取れなくなり(この日は別行動)さんざんな一日だった。
中には井戸とか水路、ワイン蔵など j町でみかけた美しい蔦。実際は
がある もっと輝くような濃い赤だ。
このボルチーニの量をみて!!!
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