パレルモで・・その2
       
今年(編者注:2006年)はサッカーのワールドカップの年。
そして、今日が、試合の第一日目という日。
 
街の中はイタリアンチームグッズを売る屋台が、あちこちに出て、
少年達は国旗を振り回しながら、自転車で走りまわってる。
大人はイタリアチームカラーの青いシャツを着て、あちこちで輪にな り、
話に夢中になっている。
 
そう、イタリア人の一番好きなスポーツは、断然サッカーなのだ。
 
普段は特にサッカーに興味のない私は、にわかサッカーファンにな り・・・
・・・・そう、軽薄なのです!
野球も、阪神タイガースが優勝しそうになり関西で盛り上がると、
にわかタイガースファンになる私。
 
イタリアチームのゴム草履を履いて歩いていると、
"さっき、日本はオーストラリアに3×1で負けたよ。"
と、少年が声をかけてくれた。 そして私のゴム草履を見て、
"あれっ? イタリアを応援してるの?"
そこで私は、"もちろんイタリアを応援してるよ!"と。
すると、彼と彼の友達は、イタリアがどれだけ強いかと説明し、
"今夜8時からイタリアとガーナの試合だけど、勝つに決まってる よ!!"
と叫んでいた。 


 
大人、特に私と同じくらいの年齢の人は、アジアや日本には全く
興味を持っていないが、少年や少女達は、日本のアニメの影響か
結構、日本に興味を持ってくれている。
 
そこで私は、彼等の名前を漢字で書いてあげる。
これは2年前から、イタリア人と盛り上がる方法として、やっていた。
もう、足掛け3年目になる。
 
例えば、ジョバンニ君には、徐番似。
     ジョゼッペ君には、叙絶屁。
     ドナテッラちゃんには、怒奈寺。
 
すると彼等は間違いなく大喜びをし、
"僕の彼女の名前も書いて!!!" と、盛り上がるのだ。

ある時には、マルコとフランチェスカというカップルに
丸子 と 腐乱知恵須華 と書くと、どうしてこんなに字の数が違うの か?
と、しつこく質問され困った事もあった。
中には、この漢字を腕に、入れ墨をすると言う若者もいた。
 
3年かけて、私はすでに100人以上のイタリア人の名前を
漢字にしたような気がする。
 
このようにずっとイタリア語で、元気に旅を続けている・・と思われる ようだが・・・
実はこの頃には、イタリア語ばかりの生活で、疲れが出てきていた。
日本語がしゃべりた〜い!!
どこかに、日本人のバックパッカーでもいないものか?
誰でもいい、夕食をご馳走するので、日本語をしゃべろう!
でもそうなると、なかなか見つからない。
 
夜8時から、イタリア×ガーナの試合が始まり、私の想像では街の広場 や、
オープンテラスのお店ではサッカーファンが集まって大騒ぎをしている のでは?
と、外へ出た。
いつも賑やかな通りは、人っ子一人いない。
家々の窓から、大音量でテレビのサッカー中継が聞こえる。
 
オープンテラスのピゼリアに入ったが、ここもお客はゼロ。車も通らな い。
・・・・・・と言うわけで、唯一人の食事。
 
小さい街なら、一致団結して、広場の大型モニターの前に
皆が集まり、応援するはずなのに。
ここパレルモは大都市なので、どうも 私のイメージとは違う。


モン・レアレから見たパレルモ新市街

大きい街の方が、孤独を感じてしまう。
そろそろ、私好みの小さな街へ移るかぁぁ
さてさて、何処へ行くかぁぁぁ
 

                      続く

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