木の文化

    皆さんがもしイタリア人に「日本を案内してほしい」と頼まれたら、どこに案内しますか?

     日本文化を見せるなら、京都、奈良、日光。そんなものでしょうね。彼女はそこへ一人旅しました。
     私もついて行けば良かったのでしょうが、案内して欲しいとはいわれませんでしたし、(期待はしていたかも
   知れませんが)そうする経済力も私にはありませんから。

     そんなわけで守備範囲は一泊だけの広島、箱根、鎌倉・江ノ島、あとは東京くらいになってしまったのですが、鎌倉は
   ともかくとして東京には文化遺産といえるようなものがなく、観光都市東京なんて夢のまた夢だと思ってしまいました。

     皇居に行っても、どこに行っても、「昔、ここには・・・があったけど、天守閣に雷が落ちてやけてしまったので。」とか
   「第二次世界大戦中に爆撃でやられてしまったので。」という説明しかできないんですからね。

   浅草だって、湯島天神だって皆コンクリート作り。まぁ、アメリカさんは本当に良く東京を毀してくれたものです。
   コンクリート製の建造物で外観だけまねたものには日本伝統の美とか、英知などは期待しようもない。
   軒のそり方、あの繊細な木組みの美などはコンクリートではまねできないようですね。

   東京には、これこそが日本文化という建造物がまったくない。情けないことでござんす。

   東京で名だたる建造物というと、だいたいがオフィス・ビルですから、どうしても芸術性より実用性に重点をおいた建物に
   なります。ウフィツイのように中が芸術であふれているわけでもないし、高さが自慢のビルの屋上のセンスのない使い方
   (東京タワーは田舎臭いお土産やさんになってしまっている。)にはがっかりさせられます。

   思い切った造形で有名な浅草のビール会社の建物も「子供達は・・・と言っているよ。」というとベネちゃんは
   顔を真っ赤にして笑っていました。あれは裸の王様のお話をおもいださせます。

   防火の見地から、東京の最近の建造物はみな味気ないものにかわってしまいましたが、イタリアよりましと
   思われるのは立木の使い方で、イタリアと異なり、公園以外にも街路樹とか、神社仏閣の周囲に木が植えられている。
   (逆にいうと木立のない神社仏閣はみすぼらしいだけの存在で、これは建物自体に装飾性が無いからではないでしょうか?)

   木といえばお箸。彼女はお箸の使い方が上手でした。焼き魚の捌き方など近頃の若いモンに教えてやってほしいくらい
   でした。もっともフォークとナイフの使い方にはそれ以上のものがあって、よどみのない美しい動作で私たちはしばしば
   みとれたものでした。あれは天性のものか、訓練のたまものなのかわからないでいます。

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