2013/06/2
ツァウタット〜ドブロブニク〜コトル〜ツァウタット
     30分      2時間    1時間半  

上からみたドヴロヴニク、右の鉄塔はゴンドラの鉄塔 アドリア海の真珠とたたえられてきた町・イタリアのバーリからは毎日船便がある。クルージングの寄港地としても有名だ。
交易で繁栄したドヴロブニクだが近隣との紛争を避けるためにはかなりの額の上納金を納めていたらしい。1991年にはモンテネグロからの独立をめぐって紛争がおき、都市の大部分が破壊されたがその後奇跡といわれる復活を成し遂げた。右の砦は海からの外敵にそなえるためのもの。
町を囲む城壁の監視窓からみた風景。なんでも石でできている。これが西洋文明の本質なんですね。
人、人、人の町の中
この町は頑丈な防壁に囲まれて、数か所の門からしか出入りできない。町の中は混んでいるので集合時間に間に合うようにランチは壁外の店で食べた。

爆撃された町をそっくり復元できたのは素材が石のためか、設計図がきちんと残っているためなのか?都市計画がしっかりしていたためなのか?この近くには世界一古いと言われる現役の薬局もある。

自分たち一世代ではなく、ほぼ永遠に使うという前提で町や建物を作っているんだよね。

日本でそれが可能かどうか。たとえ木や泥の壁しか使えなくても奈良も京都も残ってはいるが。

これぞアドリア海の真珠です。
城壁から見た町の防備 湾内にはセレブのボートが一杯浮かんでいた。
ドヴロブニクから延々とバスに乗り、国境で待たされ、検問をうけ、フェリーに乗ってようやくたどり着いたモンテネグロのコトル。まさかと思うほど内陸に深く入り込んだコトルにはヴェネツィア時代の教会と城塞が残されていた。長時間をさいてまでコトルにいきたくないと思っていた私だが、いやぁこの景色は見事でしたし、ここまでは二度とこれないだろうと思うとこのツァー計画者に感謝したいと思いました。自由時間に何とか中腹の教会までは行ってこられました。   
展望台から見たコトル湾。二重になった深い入り江にも大きなクルーズ船が入ってくる。一見の価値あるところだもんね。   
この地のたどった複雑な歴史を象徴して、様々な宗旨の教会がたてられている。この教会は東欧に多い二重十字のギリシア正教会だ。

帰り際にジェラートを食べたかったが、店にたむろしていたアメリカの女の子たちが次々に試食をしたので食べそこなった。残念な思い出。 
 
  城塞にむかう道に咲いていたポピー 
 翌朝、ツアゥタット近くのドヴロブニク空港から帰国  

バルカン半島西部の旅終わり