自動車も自転車も交通信号もない、世界で唯一の都市、それが海に浮かぶヴェネチアです。
イタリアは長靴のカタチをしているがヴェネチアの鳥瞰図もよく見ると長靴の形をしている、こちらは少し、
太っちょのブーツです。サン・ピエトロ島がうまい具合に「かかと」の部分になっている。
初めての旅行者はローマ広場から水上バス(Vaporetto)に乗り、須賀敦子が(いびつな疑問符)と描写した
逆S字形の大運河をサン・マルコ広場に向かうのが正しいルートです。
町全体が建造物博物館のパノラマを見るには船尾に立つのがよろしい。
すでに一階が水没している建物もあり、確実にこの島は時を経るに沈んでいるのがわかります。
100年後にはこの美しい人工島はもう存在しないのです。
サン・マルコ広場ではCafe' Florianでカサノバの気分でエスプレッソを嗜みましょう。
ナポリ風で量は少ない分、香りと味が濃厚です。オープンカフェにするか、店内の席にするか迷うところですが、
ここはひとつ店内で豪華絢爛真正ベネチアンスタイルのインテリアを楽しむのが正解でしょう。ローマのCafe'
Greco,
ミラノのCovaなど古いバールは室内の雰囲気がエスプレッソのおいしさを倍加します。
さて濃厚コーヒーの後味が消えないうちに、ドカーレ宮殿前の水上バス乗り場から周辺の島へ出かけましょう。
人ごみを避けて落ち着いたヴェネチアが体験できます。
中国製のヴェネチアングラスが並んでいる、おみやげガラス工場へ無理やり引っ張っていく客引きが待ち構えている
ムラーノ島はパスして、お勧めの島はトルチェッロ島です。本島から一番離れていることもあり、観光客もあまりいませ
ん。船着場から細い運河に沿った細い道がサンタ・マリア・アッスンシタ大聖堂に続いています。
この大聖堂は廃墟に近いのですが、ヴェネチアで最古(639年建立)の教会で、聖母像のモザイコは今まで見たもの
で一番美しい。長身で凛として気品のある姿で、法隆寺の百済観音を思い出させます。
私がこの大聖堂を訪れたのは、ある冬に近い秋の日でした。大聖堂の前は小さなピアッザになっているのですが、猫
が20匹ほどあちらこちらにいて、高崎山のサルのように、観光客に餌をねだるわけでもなくゆったりと散歩をしていまし
た。この島の住民は30人程と聞いていたので、飼い猫でもなく、自然に暮らしている野生の猫軍団のようです。
帰り道も運河沿いの小道を戻るわけですが、途中に運河に掛かった石の太鼓橋があり「悪魔の橋」と呼ばれている。
手すりがなく、アーチになった真中に立てば折れてしまいそうに薄い不思議な橋でした。この橋を中央に入れて、大聖
堂を背景にした絵をたくさん見たのを思い出しました。初めて訪れた場所なのにデジャブーを感じたのはそのせいかも
しれません。
本数の少ないヴァポレットを待つ間、太陽が沈み、夕刻の霧が漂い始めると心細い気がします。まもなく鏡面のような真
平らな水面(ラグーナ)を船は滑るように船着場に到着、幻想的な霧の中をゆっくり動きだし、フェリーニのアマルコルドの
世界をぼんやりと見ました。
さて帰りは喧騒のサンマルコ広場からローマ広場まで、迷路のような路地を歩きましょう。地図がなくても、路地角には
必ずPiazz RomaかFerrovia(鉄道)の矢印がついた標識が出ているので迷うことはありません。大体の方向だけ決めて
適当に歩けばローマ広場にたどり着きます。路地は狭く幅1mに満たない場所も多く,すれ違うのに向こうから来る人と肩
が触れ合うほどです。ヴェネチアにはここだけで使われている道の名称があります。Calle(狭い道)、Ramo(枝分かれした
道)、Rioterra(埋め立てて作った道)。とにかく歩いていけば途中で必ずカナル・グランデにぶち当たり、リアルト橋かアカ
デミア橋を渡ることになるので自分の位置が確かめることができます。
屋根付きの堂々としたリアルト橋は下を行き交うゴンドラを眺めるのによい。アカデミア橋は対照的に積み木で作ったよう
な木造橋、この橋は実は石橋を作るまでの仮設橋だったのが、そのまま放置され今日に至ったらしい。何ともイタリアら
しい橋で愛着を感じます。