サントロペの落陽

      どういうわけかミラノ人は山より海が好きだ。多分、冬の曇天に深い霧の生活が

      続く冬は、ことのほか海、それも地中海の澄み切った空にあこがれる。

プロヴァンス、コートダジュールはミラノからクルマで日帰りコースだ。

真冬の1月に湿った霧深いミラノを一路ジェノヴァに向け高速を走ると、

海が見えた瞬間に霧が消え、冷たい海風に変わる、温度は低いが太陽ビームが肌に

突き刺す、眩しくてサングラスがないと運転できない。国境の街ヴェンティミリア

からは海岸沿いの道を走る。ニースまでは並行した3本の道路があり、一番山側の

高速道路、真中の県道、お勧めは一番海側のN98号線、リアス式の曲がりくねった

海岸で、スピードを出すのがもったいないくらいの絶景の連続、至福の

ドライブコースだ。左が海の断崖、右が岩壁の場所もあるが、しゃれたレストランが

並んでいる海水浴場もある。適当にアップダウンもあり、交通量も少ないので風景を

楽しみながら運転できる。山側には上流階級の人たちの別荘で、たいていはプール、

テニスコートがあり、ヘリコプターの発着所らしきものまである。

恐らく夏はこの辺は大渋滞だろう。マルセーユまで続くこの紺碧海岸はフランスが

世界に誇る屈指のリゾートである。カンヌ、ニース、モナコが有名であるがその中

でもサントロペはスノッブな場所だ。運動靴で走り回る日本人観光客もここまでは

やってこない。小さな入り江には世界中の富豪のヨットが停泊している。

海に面している場所は、オープンエアのカフェテリアと魚料理のレストランが

並んでいる。テラコッタの屋根の家並みと紺碧の空、群青色の地中海、そして冬でも

温暖な気候、ブリジッドバルドーが演じた60年代のフランス映画の風景がそのまま

温存されている。たくさんの画家がイーゼルを立て、風景を描きながらその傍らで絵

を売っている。狭い街路を丘の上に登ると、城砦がある。このテラスから見る地中海は

ニースで見たそれより、はるかに美しい。特に夕方から陽が沈み、街に灯がともるまで

のほんのわずかな時間の経過、海と空の境界が消え、ぼんやりとしたピンクとブルーの

パステルカラーに下界が染まる、サントロペの圧巻的な美しさが堪能できる。

 さてコートダジュールで一番好きな場所を聞かれたら、アンティーブでしょう。

カンヌとニースの中間にあり岬のように地中海に突き出ている。岬の海岸通に面して

ピカソ美術館がある。戦後一時期ピカソが愛人と過ごした館が、そのまま美術館に

なっている。海に向かって開かれている窓の外には地中海を背景にした彫刻が庭に

並べられているので、窓枠が額縁の役割をしたひとつの立体的絵画作品に仕上がって

いる。旧市街はニースのような喧騒さはなく、サントロペのようなスノッブな空気も

なく地元の生活者とリゾート客が自然に交じり合って静かに生活できる環境になって

いる。公園では年金生活者達がペタンクというビー玉の親玉みたいのを投げるゲーム

をよく見かける。スポーツというより、やることがないからただの暇つぶしのため

やっているように見える。

プロヴァンス料理はギリシャ料理とイタリア料理をミックスしたような魅力だ。

バター、クリームなどを使わないのはイタリア料理の地中海ダイエットのレシピ

であり、ニンニクとオリーブオイルをふんだんに使い、ハーブで香りを付けるのは

ギリシャ料理の特徴だ。野菜も生きているし、魚も冷凍などではなく鮮度抜群の

料理ばかりで、イタリアに劣らずここはグルメ天国だ。

 イタリアに近いのでイタリア人経営のレストランやピッツエリアも多い。

ここのピッツエリアではナイフとフォークで食べている人が多いのはやっぱり

エレガントなフランスだからだろう。

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