眺望絶景

トスカーナの中心、シエナに近いサンジミニアーノは塔の街だ。かつてはこの

                       地方では裕福な貴族がお互いの権勢を競うために争って塔を建て始め、その結果

                        サンジミニアーノだけでも70以上の塔が存在したが、現在は13本だけが

                        残っている。四角い立方体のレンガ造りの建物で、中はがらんどうだから何の役

にも立たない。人が一人やっと通れるくらいの階段がらせん状についており、

階段は古い木製が多く、長年の使用で擦り切れており昇降にはギシギシと軋み音が

出るのでスリリングでもある。屋上のテラスに出ると、トスカーナの遠景が望め、

緑色の丘の起伏、ブドウ畑とオリーブ園が眼下に広がる。おそらく中世以来この景色

は変わっていないのだろう。イタリア人は生まれた土地を愛し死ぬまでそこで暮らす

人が多い。だから人口の大都市集中にはならず、地方都市独特の文化を保ちながら

栄えることになる。首都であるローマの人口は、イタリア全人口の5%300万人

である。東京が全人口の10%を超していると比べ興味深い。サンジミニアーノの

ような穏やかな気候、豊富な緑、おいしい食べ物、静かな環境の中で単調な一生を

過ごす人は退屈な人生なのか、それとも東京大阪等の高度交通、騒音、情報、

電脳社会に住み世界中を飛び回る人とどちらが幸せなのだろうと考えてしまう。

私が最も愛する塔はパリのエッフェル塔だ。骨董品の定義は100年以上経って

いることが要件のひとつだが、エッフェル塔は世界一巨大で美しい骨董品だと思う。

でも万国博開催に合わせて着工した時にはパリ中の知識人から醜悪でグロテスクだ

と大反対があったらしい。現代に建てられた東京タワーと比較すると、はるかに

エッフェル塔が美的に優秀だ。パリのどんよりした曇り空にマッチした鉄骨組みの

鉛色、あれが東京タワーのように橙色では興ざめだ。エッフェル塔の高さは

東京タワーより低いが、鉄の量をケチらずに東京タワーの倍は使用しているだろう、

そのため近くで見ると威風堂々としており、周辺に高層建築がないせいもあり、

エッフェル塔のほうが高く感じる。斜行エレベーターでゆっくりと

          中階層に上がると市街のパースペクティーブがガラスも金網もなく直接パリ

          の空気に触れながら広がる。眼下にはブローニュの森、セーヌ川、郊外の緑

          まで展望が楽しめる。私はテッペンに上がるよりもこの中層階の高さが、

          パリ市内を見渡すのが最も適していると思う。剥き出しの鉄骨はアールデコ

          の模様が施されたところがあり、自ら芸術品を主張しているようだ。

          エッフェル塔は遠くから見ても直近で見ても、どの角度から見てもその

          バランスの美しさが変わることはない。真下から見上げても幾何学的な鉄骨

の組み合わせが見事な芸術品に仕上がっている。これと比べると東京タワーは

実用本位、経済性最優先で造られたため美しさからは程遠い。

ここで眺望絶景の至福の時間を過ごすのに最適の時期は、晩秋で、寒く、雲が低い

曇り空の頃だろう。パリに晴天は似合わないような気がする。(5/Nov/2000) 戻る