午前0時の太陽

北緯7110分、ここはヨーロッパの最北端、この先は北極しかない。

ミラノに住むと日本からではとても行けそうにない場所へバカンスに行くことが

できる。一夏、家族とノルウエーの最北の地ノールカップへ白夜を見に行ことに

なった。ミラノから直行の飛行機はなくオスロで一泊、翌日最後の大きな町Tromso

まで飛ぶ、ここはもう北極圏でアムンゼンが出発した北極探検の基地でもあった。

ここから、さらに50人乗りの小さなプロペラ機に乗り換え、ノルウエー

最北端の漁村ホニングスヴォーグへ到着する。途中、低空で飛ぶ眼下に見た

フィヨルド地帯は、樹木が一本もない岩肌の荒地でとても人が住める場所ではない。

ホニングスヴォーグ空港のターミナルは田舎鉄道の小さな駅舎のようだった。

静寂だけが漂い、空気が湿って重く濃厚、しかし美味。8月の初めだと言うのに

寒い。無理もない、ここは既に北極圏の中なのだ。セーターを着込んでから、

予約してあったレンタカーに乗り込みヒーターをいれる。この国の自動車には

クーラーを装備する必要はない。真昼でも法令でスモールライトを点灯しないと

違反だ。走行中は強制的に点くようになっており消せない。冬は太陽はいつも

ベールがかかったようで日中も暗い日が続くからだろう。イタリアの肌を突き刺す

ような太陽光は望むべくもない。ホテルに荷を解き、メイン通りを歩いたが

人口3000人程度で、小さな漁港があるくらいで寂しい村だ。

さて白夜見物はここから40kmほど離れたノールカップ岬へ行くことになる。

午後11時頃にホテルを出発する。外は夕暮れのようで、夕暮れでない、

アニメ映画のトトロの世界にいるようで心地よい。猫バスが起伏のあるむこうの

丘からやって来てもおかしくない。遠くの景色も空に浮かぶ雲もはっきり見える

幻想的で不思議な空間が広がっている。クルマのヘッドライトは不要で、

樹木の一本も生えていない起伏のあるなだらかなツンドラの丘をいくつも越える

と北極海が一望できる岬に出た。白夜見物用に近代的な建物があり、カフェ

やレストランの設備もある。ヨーロッパ最北の郵便局もあり白夜の感激の便りを

投函できる。ここから太陽が水平線に沈むところを見るのだが、7月頃の

真正白夜だと太陽が水平線の下へ行かない。水平線に近づくが、そのまま、

Uターンして上昇しだす。今は8月なので準白夜だがそれでも午前0時で、

外で新聞が読めるくらいの明るさだ。真夜中に太陽を見ることができるのは

何とも神秘的で雄大な現象だ。帰途ラップ人の円錐形のテントにトナカイが

繋がれているのを見た。アメリカインデアンのようで観光用だと思うが、最果て

の地まで来た実感が湧く。この不毛の大地と合わせてムンクの絵「叫び」を

見ると彼の心情が理解できるような気がする。

その夜は明るいのカーテンを閉じないと寝られなかった。帰途は美しい

トロンハイムに寄る。わずか人口15万人でもノルウエーで3番目に大きい

大都市だ。ここから再びレンタカーを調達してベルゲン経由でオスロまで走る。

ベルゲンは北欧特有の木製の家並みがあり非常に落ち着いた静かな町だった。

ここからフェリーボートが出ているのでフィヨルド見物に出かけた。

周囲は氷河が山肌を削ってV字型の谷間を作り雄大な湖のようだが、

紛れもなく塩辛い海水が陸の奥地まで入り込んでいる。1000mの水深がある

ソグネフィヨルドは澄み切った群青色の水面は神秘をたたえ言葉では表現

できない感動を与える。夜は久しぶりにベルゲンで1軒だけの日本レストラン

に出向いた。鯨の刺身が出てきておどろいた。、ノルウエーは日本の本州と

北海道を合わせたくらいの面積に人口はたった450万人、町から町までの

距離が長いが、交通量も極端に少ないので運転は楽だ。しかし針葉樹の森の中

を走れど走れどすれ違う車もなく、こんなところでクルマが故障したらどうする

のだろう。南に下りるに従って森林地帯が多く緑が鮮やか、空気はどこに

いっても冷たい。水は澄みきって透明度が高い。フィヨルド地帯の不毛の地、

深い森林地帯に少数の人間が生息している静かな気候風土、ノルウエーは圧倒的

な自然におおわれた国だ。でも喧騒のミラノに戻ったらほっとした気分になった

のはどうしてだろうか。(14Oct2000) 戻る