2007/04/16 ナポリのはらわた探検隊(ス パッカ・ナポリ・・・裁判所通りからダンテ広場へ)

朝食後、不名誉副会長のでんでん氏(でんでんむしさん)が彼女と一緒にホテルまで出向いてくれた。彼とのお付き合い?はもしかすると7年をこえる。(はっ きりとは覚えていません。)ですがご対面は今回が初めて。愉快で博識で無邪気な(innocentoという意味で)ところは想像通りでした。

でんでん氏は転勤で赴任したナポリがいたく気に入って、会社からの帰国命令を蹴飛ばして、かの地に踏みとどまり、ナポリターノになってしまった人です。 (こういう方は結構多いらしいですけど。)

でんでん氏の彼女は、すごい才女なのに(5ヶ国語を話す政府公認ガイド)人懐こくて、とてもかわいい人です。でんでんさんが好きなのでついでに日本 に興味をもつようになったという感じのお嬢さん。こういう人を感じがいい(amichevole)というのかしら?

残念ながら急な仕事が入ったとかで、歓談のあと、彼女はでかけてしまったが、でんでんさんのガイドでナポリの心臓部を巡った。

ナポリで買ったガイドブックによると彼が案内してくれた地域は「ピッザの香りに満ちた」けれども、あいまいで胡散臭さのつきまとう地域だとかかれてい る。

(去年、司教座教会から、サンタ・キアラ教会を抜けて、ウンベルトどおりまで歩いた時、その小路にはプレゼピオのお店とかプルチネッラ、唐辛子の形をした お 守りを売る小さなお店が沢山あって、おみやげ買うならここだなぁ、と思いつつ、例のごとく素通りしてしまったのだった。)

去年入り損ねたサンタ・キアラの回廊は現在修復中で、有名なマジョリカ焼きの列柱は工事用の保護布で覆われていて見えなかったが、その布に列柱の写真が印 刷されていたので何となく雰囲気を味わうことはできた。でんでん氏の解説によると、このあたりの建物は200年以前のものは丈夫な建材で作られているが、 それ以降のものは凝灰岩で作られているので非常にもろく絶えず修復せねばならないとのこと。でんでん氏はこの教区の信徒だそうで、教会の内陣も拝観できる ように教会関係者に話をしてくれたがかなわなかった。(私たち夫婦は信者ではないから。)

今日の第一の目的であるカラヴァッジオの祭壇画のあるPio monte dei misericordia教会は思ったより小さい教会で、しかも入り口が分かりにくい。祭壇画もそう大きなものではないが、明確な線、特徴的な天使の羽、 透徹した色彩、うん、まさにカラヴァッジオという作品だった。スーパーのチラシのように沢山のモチーフを描きこんであるため、いくらか散漫な印象を受け る。

でんでん氏の説明によると聖書でとく「七つの慈悲」が描かれているそうだ。だから沢山の人物をかかざるを得ないんでしょうね。画家も霞を食って生きてはい けへんからなぁ注文主の注文どおりにかかなければならないし、とカラヴァッジオに同情する。(この教会はナポリの貴族の私的な礼拝堂だったそう。だから小 さいのだろう。)カラヴァッジオ狂いの私にはいい記念でした。

ナポリで神様の悪口を言ったら半殺しにされる(でんでん氏の話)(一般的に南の人は信心深い)そうだがこの地域も信心深い人が多いのか教会だらけだ。

サンセヴェーロ教会に、ヴェールをかぶったキリストという有名な彫刻があるというので(地球の歩き方という本には「必見」と書いてある)ついでに、という 感じで入ってみた。

これが大変な優れもの。他にも見事な彫像が二体あり、そのいずれもが石で作ったものとは思われない柔らかな質感を表現していた。ナポリ人は凝り性で名工が 多いのだろう。

連れ合いが「この教会には血管だけを残したミイラがあるらしい。」というので地下に降りてみた。ありました。人間の剥製が。血管系だけを完全保存した珍し い代物。「ぞ〜、寒気がしてきた」これは連れ合いの感想。これを残したライモンド公は科学者であり、文学者でオカルト現象に興味をもち、密かにさまざまな 解剖実験を行ったという。その成果というのか・・・こんな形でさらされて可愛そうな剥製、というのが私の感想

このあたりは、道が狭く、暗い。(建物や道に使われている石が黒いせいもあるかも。)ナポリでももっとも古くから栄えた地域で、ギリシア・ローマ時代から の歴史があり、建材を掘り出した後が大きな地下空間として残されている地域でもある。(ガイド付きで公開されている。入ってみたかったが月曜なのでしまっ ていた。)

この辺には庶民的でおいしい食堂が多いというので、ピザ屋でなく、でんでん氏が日ごろよく利用している食堂へつれていってもらった。お豆のスパゲッティ、 直火焼きのソーセージとワイン、アーティチョークの料理を食べた。お豆のスパゲッティはいかにも豆だ〜という匂いが少し鼻についたが(豆好きな人にはそこ がたまらぬ魅力かも。)庶民的な美味です。ソーセージは油っぽくなく(直火でやいてあるからかも。)うまみが凝縮している感じ。いつも旅行中は二人ご飯な の で三人で食べるとその分おいしさが倍増する感じ。

でんでん氏は「おばちゃん、今日はお客を二人連れてきたよ。」と子供のようにはしゃいでいる。ナポリに残りたかったわけだよ。どこへ行っても「A(でんで ん氏の洗礼名)」「A」と皆が声をかけてくる。子供たちは彼を取り囲んで無心する。「今日は稼ぎがないのでだめだめ!」と追い払うでんでん氏。私のかぶっ てた折りたたみ式の黒い布帽子をみて「ワタシャ黒い帽子は嫌いだ!ぶち投げな!」とわめく老女。うん、ここはまさにナポリのはらわただ。なんか皆が本音を むき出しにして生きている感じ。

きんきらきんのジェズ・ヌーオーヴォ教会ではお葬式をやっていた。司祭が紫の衣を着ていたがでんでん氏によると高位の聖職者でなくてもお葬式には紫をまと うそうだ。本に何事にも先達はあらまほしきものだ。ありがとうでんでんむしさん。
いい友人まで紹介してくださって。ナポリでは色々とんでもないことにあったけれど
貴方と彼女にあえたことでそれは帳消し。いい思い出ができました。

昼食後は宿にかえって昼寝。伊伊電子辞書を探しにウンベルトどおりを歩き港で写真をとり、ブランディでトトが好んだという海産物のピザを食べてホテルへ帰 る。その時デジカメを取られたのは既にかいたとおりです。

ナポリでのショマショマへ続く
今(2014年6月)校正していて気づきました。つづけるつもりでいたのにとうとう書かずにいたことを。今となっては全てが忘却の彼方です。なので、今回の旅行記はこれで終わり。空港のお巡りさんはあまり親切ではなかったが、帰国後保険金がおりてカメラは買いなおしました。ATMで出金できなかったのに帰国後確認すると郵貯の残高が減っていた。これはセゾンと粘り強く交渉して取り戻しました。でんでんさんとはいろいろあって音信不通になりました。ベアトリーチェにあってしまったので日本に帰れなくなったんですね。それも一生、これも一生。ご多幸をお祈りします。   

                        目次へ